タイトル未定(仮)

「若い」と「女性」を言い訳に、偏見に塗れた主観を書きまーす。飽き性なので気が向いた時に書きまーす。ブログタイトルは思いついたら変更しまーす。

未来、過去、現在 愛、夢、依存

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写真展を見に行った。

小森裕佳さん、相馬ドリルさん、そしてPokoさん。

三者三葉、いろんなことを考えさせられる展示であった。

 

就活の用事が早めに終わり、なんとなく思い立ってひとり下北沢へ。

個人的に下北沢に来るのは約1年ぶり、前回の上陸理由なんかも思い返しつつ、小さな路地の3階にあるギャラリーに向かう。

知人を介してPokoさん、小森さんに挨拶させていただいた。両者とも良い方だった。

 

小森さんのブースは優しい空気で満ち溢れていて、下着でも変なエロさはなく、サイレントなのに柔らかい音が流れてくるようだった。

空間そのものの美しさに見惚れてしまった。

未来の理想形のような空気だった。

 

相馬ドリルさんの写真は逆に、ダイレクトなアダルトさと少女特有の危うさのようなものが程よい妖艶さを生み出していて、お洒落なギャラリーの白い壁とのミスマッチ感も不思議に印象に残った。

一昔前の自分なら確実にハマっていただろうが、なんとなく今の私には刺さらず、なんだかある種の成長を実感したような気にもなった。

 

 

今の私に一番刺さったのはPokoさんの写真だった。

被写体の女性が知人で、前から話を聞いていたということもあるのかもしれないが、それを差し置いても感情を突き動かされるものだった。

ブースには時系列ごとに夥しい枚数の写真があり、2014年から月毎に詳細なキャプションがついていた。なんとなく、その頃自分の身に起きていた事なんかを思い出しながら見て回った。

全ては彼の目線から見た、彼とその周りの女性の日常で、ただの紙からいろんな感情が伝わってきた。

途中から涙を堪えていた。

無意識のうちに、自分や、自分が今まで出会ってきた人たちを重ねて見ていた。

女性たちはみんないい顔をしていて、きっとそれはこの世界で彼たった一人にしか撮れないものなのだろう。たくさんの女性たちを全て見てきたカメラとBedはなにを思うのだろうか。

 

映像作品を見てとうとう涙腺が決壊。

きっと彼の求めているものは、永遠に手には入らない。たくさんの女性が周りにいても、完全に満たされることはない。

私では何もできないことも知っている。それでも、このひとをどうにかしてあげたい、と思う女性たちの気持ちは痛いほどわかった。

 

 

彼は何かに怯えるように、何かから逃げるように、必死に彼女らに何かを投影し、何かを探し求めているように見えた。

そして、似たような男女は他にもたくさんいると思った。

 

果たして彼らが見ているのは、本当に彼女らなのだろうか。

彼女らの行為は、単なる自己愛・共依存なのだろうか。それとも、それに気づいた上での強い無償の愛なのだろうか。

 

どうしたらかれらは救われるのだろうか。

 

本人が幸せであればそれで良くて、私のような他人が口を出すべきことではないこともわかっている。

 

それでも考えてしまうのは、きっと自分も似たような部分をどこかにまだ持っているからなのだろう。