タイトル未定(仮)

ex.絶対倶楽部/DeadRage(準備中) ベース。飽き性なので気が向いた時に書きまーす。ブログタイトルは思いついたら変更しまーす。

若いうちに書いておきたい「老害考察」

老害について。

今回は、今どきのゆとり世代の子/新卒くらいの子は何考えてんのかわかんねえなぁ、とお思いのみなさんにぴったりの記事です。これを達成できれば、もしかしたら若い子にもモテるようになるかもしれません(まあたぶん2%くらいの確率ですけど)。

私は過去にギャルバンをしてたり、小さい頃から父親のバンド仲間のおじさんたちと絡むことが多かったり、あまつさえおじさんバンドのベースをやっていたこともあって、同年代の子よりは所謂「老害」と言われる人々にも会ってきた方かなぁと思う。その中で、ゆとり世代/さとり世代だからと言われ続けてきた、今年新卒の私が、独断と偏見と主観で老害論を書きたいと思います。

今回の記事は、一部年上の方々に喧嘩を売るような形になっておりますので、ご理解頂ける方のみ閲読していただけますよう、何卒よろしくお願いいたします。

また、普段ならクソッタレと思うような老害的意見も今回に限り大歓迎で受け付けますので、お心当たりがあると思われた方はぜひ、どういった心理でそのような態度・言動を取られるのかなど、後学のためにご教授いただけると大変嬉しいです。

 

 

  • はじめに

まず前置きしておくが、これは22歳女性の私だから書ける(書くことが許される)議題/論調であろう。

もちろん私も大学を卒業する今となっては、サークルの中では充分ババアである

(と言うと、「奏ちゃんがババアとか言ったら私/俺なんてどうなるの〜〜〜」と言う方がいらっしゃるが、これぞまさに老害の発言である! 私は現役のサークル員と比較して言っているわけで、そりゃ大学1年生とかから見たら私はババアだしお前はもっとババア/ジジイに決まってるじゃないか!! なんだ?「そんなことないですよ〜」とでも言ってほしいのか?言わないぞ私は、だってお前の方がどう見てもババア/ジジイなんだからな

まあこれについては後述する)。

私は本当にクソ老害にはなりたくないし、こうやっていま色々考えて、“良い先輩”になりたいと3年間もがいてきたけれど、実際その評価は後輩や若い世代が下すものであり、30年経ったら私もみんなも等しく老害になってしまうのかもしれない。

というわけでとりあえず、22歳時点で思っていることを、こんな感じでダラダラ書いていくので、途中で不快になった人はすぐ読むのをやめてくださいね。

 

そもそも老害の定義ってなんだろうか。

私の主観で、老害と好かれる先輩の違いについて書きたい。

 

大学3年になったばかりの頃くらい、サークルの先輩とこの話をしたことがある。

もちろん私のサークルにも「老害」と呼ばれそうなOBなどがいて(同じサークルの人もし見てたらマジでチクるのやめてくださいね)、それどころか当時はとっくに卒業したOBの人たちがハチャメチャ権力を持ってサークルを回しているとかもあった(あーー私の評価が下がってくぞごめんなさいみなさん)。

そこで当時まだ現役であった先輩たちと、「クソ老害にはなりたくないよなぁ、後輩に好かれたいよなぁ」という話になった。誰かが老害的発言をしたら注意しあおうなどまで言ったような気がする。

 

この視点から考えた時に思った老害の条件が、

①「自分はそのコミュニティを卒業している/部外者である」のに、

②「自分(および自分の発言)がまだ効力を持つと勘違いしており」、なおかつ

③「自分の時代と比較して(時代についていけずだいたい現代の子を貶し)」

④「年下の人に偉そうに説教する」

主にこの4つがぱっと思いついた。

ただしこれは2年前に思ったことであって、このあと更に経験を詰んだ上での気づきを踏まえると、

①に関してはこの限りではなく、同コミュニティの現役の先輩でもウザい人はウザい。

つまり、下の人がウザいと思ったら老害なのである。

もちろん下の世代の価値観はどんどん変わるし、時代はどんどん新しくなる。老害の定義もそのたびにアップデートしていかなければならないということだ。

ということで、もう少しわかりやすく補足とすると、

⑤「新たなことを学ぼうとせず、時代にそぐわない古い価値観/主観を崩さないまま」

⑥「それを下の人に押し付けようとする」

⑦「あとなぜか、若さに嫉妬?して嫌味や自虐を言う」

この7個かな。主に。主にね。

もうひとつ但し書きをしておくと、これは男女共通の老害条件である。「老害オジサン」「老害オバサン」男女別ではもう少し条件があると思っているので、これも後述したい。

 

逆に、世代が離れていても“良き人生の先輩”だなぁと思うのは、

「新たなことを学ぶ姿勢がある」

「もしくは、自分はもう新たな時代の潮流にはついていけないなと感じたら、それをきちんと自覚した上で、謙虚でいられる」

「年齢が上だからって偉そうにしない、自分のほうが人生経験豊富だぞ感を出さない(そりゃ豊富で当たり前なんだよなぁ)」

「自分の価値観にあわないものを、頭ごなしに否定しない」

「すぐ説教しない」

こんなとこですかね。

もちろん年取ってから新たなことを習得したり、価値観をガラッと変えたりするのって凄く大変なことなんだろうとは思うし、それが摂理みたいなところはある。でも中には、自分の言動が時代に逆行すらしていることにも気づかない、空気の読めない人もいる。新しい時代に全身染まれとは言わないから、自分は染まれてないことを自覚して、せめて謙虚でいてほしい。

本当に主観なんだけど、所謂団塊の世代くらいの人たちはすごく頑固で頭ごなしに否定から入り説教するタイプが多いと思うし、バブルを経験した人はお金でなんでも動かせる感覚を知っているから偉そうになるんじゃないかなぁと思う。その上になるともう男尊女卑とかLGBTとかセクハラとかグローバルとかから考え方合わなかったりするから、もうほんとにわからん。

まあとりあえずこんなとこですかね。

 

 

完全に私の主観で、よくいるタイプと寸評を載せたい。

 

・本当に時代についていけておらず、かつ自分がいちばん正しいと思っている人

→→マジでダメ。昔なにかでまあまあ成功した人とか昔(主に金持ってて)モテた人とかに多い。そういう人ならまだ尊敬できる点はあるが、それでもだいぶ不快。実績が無いと本当に地獄。

プライドが高くてデリカシーに欠け、バチボコにセクハラ/パワハラするタイプ。けっこう平気で、「年収高い男と早く結婚して専業主婦になれ」とか「同性愛って気持ち悪いよな」とか「おっぱい何カップ?」とか言う。それが受容される時代に生きてたとはいえ、もうその時代は過ぎてんぞ。

さっさと訴えられて退職しろ!と思うけど、まだわりと年金貰える世代が多いのでそれもまた癪に障る。いちばん生きてて楽しそう。

 

・若い子の文化を学ぼうとしているものの、実はそれがめちゃくちゃズレてる人(かつそれに気付かず、自分は若い子についていけてる!と勘違いしている人)

→→痛い。巷で話題のおじさんライン(謎の絵文字、顔文字を多用する文章。何故か‼️と😅と^^; と (^-^) がポピュラー。謎にオネエっぽい口調の人もいる。いい歳してそんなん使わず、年相応の文法など学んでダンディーな文章を書いてほしい。だいたい絵文字や顔文字使ったからって、女子供にモテるとか親しみを持たれるわけでは全くないしむしろ逆なことに気づけ)を書きがちな人などがここにカテゴライズされるだろう。

あと、必死に若い子の文化を勉強して好きなフリをする人。もちろん勉強してくれるのはありがたい。そこで心から好きになってくれたらもっと嬉しい。でもな、好きでもないのに好きなフリとかされると、うわぁ必死感漂っちゃってるよ惨め…と思うんだよこっちは。

嫌いなものは嫌いでいい。食わず嫌いせずに一旦勉強してから、きちんとした根拠を持って批判するなら全然構わない。ただ、無理が透けて見えるのはキツい。

ただまあ、頭ごなしに否定する老害が多い中で、このタイプはまだマシかもしれない。ただしモノや人に対する執着心/独占欲/粘着質さが強いタイプが多く、オジサンの場合、全ては若い女の子によく思われたいがためなのが透けて見えるので、それはそれで不快。

 

・気を遣われるの待ちな人

→→めんどくさい。正直このタイプは同年代にもいるので、そういう人がそのまま年取るとああなるんだなぁ、と思う。過度な自虐とかされると本当に反応に困る。

例えば冒頭にあげたやつで、

老「私なんて奏ちゃんに比べたらババア/ジジイだから〜〜」

私「あ、まあそうっすね(事実)」

と返すとめちゃくちゃ機嫌悪くする人。

だってそうじゃん!!!

だがしかし私も馬鹿ではないので、もちろんそんなことは人を見てしか言わない。ただ明らかにご機嫌取り待ちな人を見るとゲンナリする。事実を見るのが嫌なら言わなきゃいいんじゃない??

ただこのタイプは、こちらがバチクソ下手に出てご機嫌さえ取っておけば年下に優しくしてくれたりするタイプが多いため、比較的接しやすいとも言える。

 

 

・「ゆとり世代」のワードを出してくる人

→→地味にイラッとくるが、まあその心理はわからんでもないな、と思うやつ。今どきの若い子は〜、ゆとり世代だから〜、が口癖。こっちだって好きでゆとり教育やってないんだ、それを選挙で選んだのは/私たちを育てたのはきみら世代だろう、と思う。

しかしまあ私も、ここまで述べてきたように、団塊の世代だのバブル世代だの言ってしまうので、世代で一括りにしがちなのはわからんでもない。

また、「ゆとりなんで〜〜(ヘラヘラ)」と言っておくと丸く収まる場合もあるので、楽な言い訳となる時もある。

 

・過去の栄光にすがる人

→→主観だが、私はいちばん嫌い。

「いや〜昔はよかったなぁ」「20年前は…」「若い頃は俺だって/私だって」「あの頃に戻りたいなぁ」とかいう人、そんなに今が嫌ならその時死んどけばよかったじゃん。

私の同級生でも、「高校に戻りたいなぁ」という子をたまに見かける。え?大学4年間そんなつまんなかった?なんで?楽しむ努力は?何も得るものなかったの?4年間もったいなくない?と思う。それが10年とか20年とかになるともう比じゃない。もう過去には戻れないんだから今後を考えるべきなのでは。そんな後悔してるんなら今からタイムマシンでも研究すれば?

 

大別するとこんな感じだろうか。他にもこんなタイプいるよなーとか思いつくものあったら教えてください。

 

 

  • 男女別でみる老害的思考

ここからは、上記にあげた老害条件を踏まえた上で、男女別に見られるそれぞれの追加条件を書いていきたい。

 

男性編

男はまったくいつになっても若い女の子にチヤホヤされるのが好きなんだろうな(主観)、女の子に凄いと思われたい!と思ってか過去の栄光を自慢したり、付け焼き刃で最近の流行りを学ぼうとしたりするが、めちゃくちゃ裏目に出ていることが多い

また、若い男の子には嫉妬するのか、オジサン自虐現代男子貶しをする人も多い。

例えば、

「上は何歳までいける?」←佐藤浩市なら60までいけるけど貴方じゃ無理ですね

「最近の草食系の若い子なんてダメだろ、俺たち世代みたいな肉食系がよくない?」←まず、人を貶めて比較で自分が相対的に上がろうとする根性がゴミ。人としてダメ。あと別に肉食系ってきみらみたいな欲望だけ丸出しの人のこと言うんじゃないから。思春期や20代の男子じゃないんだから、もうちょっと年相応にスマートにやってほしい。みっともない。

 

女性編

概して女性は美を求めがちで、表層だけ見ていると「美=若さ」とする風潮は大いに存在する。それゆえ若い女の子に、

「若い〜〜〜肌ピチピチ〜〜羨ましいわぁ」

「私も昔はモテたのよ〜〜」

などという人が出てくるのである。

言われる方からしたら、あ〜そうっすか〜いいっすね〜〜以上の何物でもない。

もちろん若いことは強さでもあるが、表裏一体に弱さでもある。歳をとってしまうのは生物だし仕方がないことで、歳を重ねている分、違うところで遥かに強いところがあるはずなのである。なんとなく近年出てきた熟女ブームだってそういうことなんじゃなかろうか。

 

 

  • でも気持ちはわかる。

ここまで私の主観で、「なりたくない老害像」を書いてきたが、実は最近私もここに書いてある発言とかをしてしまうのだよなぁ。

バイト先の中学生には、「うーん最近の中学生はそんな感じなのかァ……」などと言ってしまってハッとしたし、

1年生の女の後輩に初めて彼氏ができたと聞いて、「うわぁ若いっていいなぁ!」と言い放ち、自ら絶望した。

中学生や大学1年生の頃から考えると、今の私は遥かに成長した。昔の自分と比較すれば、そりゃあ色んなことの経験値も上がったし、得たものもたくさんあると思う。

でもそれって過去の自分と比べているだけで、中学生や後輩だって、現時点で私より優れている点はたくさんある、経験値の高いジャンルはたくさんある。それを忘れて私ごときが人生を語ってはいけない。

もちろん、経験値が高いジャンルの話に関しては偉そうな顔をしていい。そりゃだってその分野の先人ではあるもの。

でもそうじゃない分野に関して、年齢が上だからって何か言えるわけじゃないんだよな。

ましてや年齢が上だからってだけで、人生全般を語ることはできないんですよ。全ジャンルにおいて自分が上ならいいですけど。

 

ただこれ、評論っていう分野で言うと難しい話で、基本的に評論家って自分のことを棚に上げて他人のものに客観的評価を下すじゃないですか。まあ普通のコミュニケーションでは絶対やらないほうがいいんですけどね。この話はまた別の話ですね。

とりあえず普通の会話では謙虚にいるに越したことはない気がする。

 

 

  • 最後に

……といいつつも、めちゃくちゃ偉そうなことをたくさん書いてしまった。

ただこれは!いわゆる!主観によるある種の評論なので!!(という言い訳)

 

それはさておき、最後にいちばん言いたいのは、

老害になりやすい人って、自分に自信が欠けてる人が多い気がします。

老害の最大の特徴とも言える、若い子に対する漠然としたマウンティング(自分の人生自慢や頭ごなしの若い子批判、謎の説教など)は、自信のなさから来ているような気がする。

歳を重ねるっていうことは経験値を稼ぐことで、若い子にはない魅力がたくさんあるはずで、(本当に無いんならマジで何してきたんだってなりますが、まあそんな方はめちゃくちゃ少数だと思います)

なので、むやみやたらに若い子に嫉妬せず、マウンティングせず、

かつ謙虚に、

かっこいい人生の先輩でいてほしい。

 

私は反面教師もたくさん見てきたし、

逆に幸せなことに、こういう大人になりてぇなっていう先輩も身近にたくさんいたので、

下の子たちにも、かっけぇ先輩だなって思われるような大人になりたい。

 

 

 

以上、OLデビュー前夜に思ったことでした。

賛否両論コメントください。議論したいです。

また5年後みたらこれも、若かったなぁって思うんだろうな。

でも未来の私は、未熟な今の私でも馬鹿にしないであげられる大人になっていたい。

「音楽」に対して考えたこと、4年間のまとめ

音楽をどう楽しむかっていうのは人それぞれだから、ここには備忘録を兼ねて、私個人の意見を書いておく。

もちろん共感する人、全否定する人、それぞれいてもいい。そして、もしよかったらみなさんの意見も聞きたい。ツイッターでもここのコメント欄でも、返信とか全部できるかはわからないけど。もしよかったら。

 

 

私がベースをちゃんと始めたのは大学に入ってから。

中高でもちょっとやってたけど、技術としてはあんなものはノーカンだ。

 

大学1年のとき、周りに上手い人/音楽に詳しい人がいっぱいいるメタルサークルに飛び込んで、かなりのカルチャーショックを受けた。

幸か不幸か言い訳にするわけではないが、それまで曇りまくって外の見えないビニールハウス温室のようなところに安住していた私にとって、大学はまさにはじめての外の世界、うわぁ外にはこんな世界があったんだ!みたいな衝撃であった。Xにハマりまくっていた中学の頃とか、恥ずかしながら「大人になったらX(みたい)になりてぇ!!」とか思っていたわけだが(黒歴史すぎて爆発したい)、私がビニールハウスに閉じこもっていた時からメタルを聞いていたり、楽器をやっていたり、あまつさえスクールに通っていたりした人がこんなにもいるなんて、そりゃ私如きがXになんぞなれるわけがねぇ!とやっと気づいた(そもそもXは、18歳の頃には既に楽器もバンドもやってたんだから当たり前だ…)。当時は知識も技術も全くと言っていいほどなかったので、みんながめちゃくちゃ上手く見えて(今見たらそれなりのレベルの人もいたのかもしれないけど当時は本当に全員くそうまく見えた)、あんなに上手くてもプロじゃないんだなぁ……などと思った気がする。

と同時に、同年代でこんなに上手い人たちがたくさんいるんだから私も頑張ろう!と刺激も受けたし、上手い人と合わせるのってこんなに楽しいんだ!とも思った。

 

入学してしばらく経った頃、時期はよく覚えてないが、仲の良い他サークルのベースの先輩が今となっては某有名コア系バンドに加入したという話を聞いた。しかもその先輩も、大学に入ってからベースを始めたという。それに加えて、当時の彼氏がこれまたコア系のバンドを始め(今となってはこれまた界隈で有名になってしまった)、うわぁ私も頑張ろう〜とか思った。

 

しかしここで大きな問題が発覚する。

私はとにかく練習がめちゃくちゃ大嫌いなのである!!!!!!

 

周りがストイックで上手い人たちばかりだったので、なおさら下手だ下手だと言われ、上手くなりたいなら練習しろよと言われた(まあ至極当然である)。

しかし私は練習が嫌いで、さらに飽き性だったので、1時間練習するのもかなりだるい。自分のスキルじゃ1日8時間くらいやらないと周りに追いつけないことくらいわかっていたが、いかんせんそんなに長いあいだ練習するのがつらい。

「どうしてそんな1日中弾いてられるんですか?」とか周りの人に聞いたこともある。

「好きならいくらでも弾けるよ、気づいたら夕方になってる」などという返答がだいぶ多くの人から返ってきてぐったりした。

 

ここで新事実に気づく。

1日中弾いてられるほど、私はベースが好きでもないんだ!!!!

上手くなりたい<<<<<練習したくない

だったのである!!

 

 実際2年生の時は、サークル内の固定バンドに誘われたり、周りの刺激を受けたり、ドラマーに説教されたり(ベーシストはドラマーに言われるのが一番弱い)して、それなりに練習していた。しかしスタジオは楽しくても、家でひとりでベースを弾き続けるのって(私にとっては)本当に辛くて、ついでにその他いろいろあって、サークルやめようかなぁとか何度も思ったりもした。結局やめずにここまで来たのは、仲良くしてくれた先輩後輩たちが引き止めてくれたおかげだ。ひとえに人的要因のみである。

 

そこへもうひとつの転機が訪れる。

(自分語りのくせにだんだん大袈裟な文章になってきたな…後にこのブログ自体が黒歴史になるのだろうな………)

 

3年生の初め、現在Thunder fallとPapilio Effectusでキーボードを弾いているあおい(@aoooi0615)さんに声をかけられた。

知り合いのキーボーディスト(今思えばこれが現在の絶対倶楽部・瑠璃羽(@Luriha_pf)である)が、ギャルバンのベーシストを探しているというのである。

なんだかよくわからんが面白そうなので、オーディション(?)に行ったら、なぜかトントン拍子で決まってしまって、絶対倶楽部(@ZETTAI_CLUB)に加入することになった。

ここで、2年間どっぷりサークルにしかいなかった私が、再び外の世界を見ることになる。

(話はズレるが、そもそも私はコミュ障/猪年/B型と三拍子揃っているため、どうもハマるとひとつのことしか見えなくなるようである。今後直していくべき点である。)

 

 

インディーズ界隈に1年いたことは、色々な面でかなり勉強になった。

 

下手なのに売れる人たちがいること、

上手くても売れない人がいること、

売れたい!って言うわりには練習もせず下手なままの人がたくさんいること。

 

私はそれまで趣味の範囲でしかバンドをやってこなかったので、このとき初めて商業バンドの難しさを知った。

将棋やスポーツみたいに、明確に順位が決まる世界は別だが、そういう明確なコンテストなどに出ない限り、商業アーティストの世界では評価方法がふわふわしている。
その中で圧倒的に上に行くのは、技術面/運営面の両面がそれなりに揃っている者である、とインディーズ界隈を見ていて思う。

 

どんなに曲が良くても可愛くてもかっこよくても演奏が上手くても、プロモーションが下手なだけで売れなかったりする。逆もまた然りで、演奏が下手でも運営や売り方が上手ければ、もしくは顔が可愛ければ売れたりする。

そして、これに甘んじているのかどうか知らないが、売れたい!有名になりたい!と口だけ立派で、最低限の売れる努力(技術面/運営面)もしない人もたくさん見た。

 

私も別に人のこと偉そうに見下せる身分ではない。サークルではいまだに底辺だし、コミュ力はないし、練習は嫌いだし、くそ生意気なのはわかっている。

 

でも、プロになる気のない私よりできてない奴が、プロになれるわけがない。

 

1年って長いようで短いのかもしれないが、とにかく私はなんとなくこの図式を汲み取ったような気がして、音楽で飯を食うのはやめよう!と思った。

だって練習嫌いなんだもん。

技術面上げて売れる<<<<<練習したくない

なんだもん!

練習が楽しいって思える人ならきっと、楽しく練習して、楽しく上手くなって、楽しいまま売れるのかもしれない。

私は練習嫌いだし、人より演奏下手だし(少なくともサークルの中ではそう思っていた)、顔もそんなに可愛い訳でもないので、運営面で頑張ろうと思った。運営面はまあまあ楽しかった。フォロワーがそれなりに増えていくのも面白かった。

でも、それに加えて、人様に見せられるだけのクオリティのライブをするために技術面で努力するってのは、ちょっとしたプレッシャーだったし、練習嫌いだから楽しくなかった。

全然「音」を「楽」しめてないじゃん!

これならプロデューサーかマネージャになった方がいいじゃん!

というわけで、商業アーティストの道はやめた。

趣味の範囲で、好きなバンドのコピー(できればそんなに難しくないやつ(笑))を、好きな人たちとやってるのが一番楽しい。

音楽は好きだからこそ、仕事にしないで趣味のままでいい。私はね。何に価値観を置くかは人それぞれです。

 

4年生の後半、絶対倶楽部を卒業してからは、Xセッションバンドのスタジオをゆるーくやるくらいで、新バンド立てる立てるって言ってるのもゆるーくスタジオ入ったくらいで、その人たちと飲みに行ったりする方が多かったくらいだ。とても楽しい。

そして3月、サークルの卒業ライブで、好きな人たちを集めて、私の好きな曲のコピーバンドをやることになった。本当に好きな曲ばかりだから練習もそこまで苦痛じゃないし、辛いくらいなら完コピしなくてもいいじゃんって思うようになった(これに関しては異論がある人もいっぱいいると思うが、たくさんの人にチケットを買ってもらってそれに見合うライブをしなきゃっていうプレッシャーもないので、まぁ私が楽しければいいかなって思う)。

 

 

ここまで、演奏する側として考えたことを書いてきたが、聞く側として考えたことの方はまだまだまとまんないので、いつか思いついたら書きます。

 

以上、徒然なるままに書き連ねたので支離滅裂ですが、私の大学4年間の音楽遍歴であった。ちゃんちゃん

初期値

先日、久々に会う地元の友達と近所で朝まで飲んだ。

 

そもそもはAちゃんが私の大学の学園祭に来たいということで、ふたりで学祭に行ってから、近所まで戻ってきてご飯を食べていたところに、終電で戻ってきた仕事帰りのTくんが合流し、話し込んで気づいたら朝になっていたという次第である。

 

大学に行かないで社会人になったAちゃんは、大学生いいなー学祭楽しいなーと言っていたのだが、私から言わせるとAちゃんのほうがよっぽど羨ましかった。

Aちゃんは、大学にも行かなかったし仕事も続かないと卑屈に言っていたが、SNSの文章はいつも読みやすくて頭の良さが伺えるし、話していても現役大学生の私と同じレベルで物も知っているし、頭の回転も早いし、コメントのキレも最高である。

喋っててめちゃくちゃ楽しいけど、これじゃなんのために私が高額投資してもらって大学に行ったのかよくわからない。ガックリした。

 

というか、Aちゃんがもったいないのだ。

高校までの勉強でそれだけ頭が回るってことは地頭がいいんだから、きっとちゃんと暗記物とかして大学受けたら良いところに入れていたんだと思う。

私は小さい頃から、地頭も運動神経も人並み以上に悪くて、一方で親は地頭も良く小器用なだけに、私に求めるものも高くて、自分の子ならこんなことはできるはずだ、と散々私に時間とお金をかけて努力させ、私も本当に人並み以上に努力して、それでも親には一生追いつけないだろうというコンプレックスを薄らぼんやりと抱いたまま、なんとかここまで来た。

そういう私からしたら、親に何も言われず、勉強を強制されることもなしにあんなに頭が良い=地頭がいい、Aちゃんや絶対倶楽部の天鶴ねーさん(突然の登場!)みたいな人は、物凄く物凄く物凄く羨ましいわけである。

 

私はもう地頭悪く生まれてしまったし今更悔やんでもしょーもないので諦めて今後も人並み以上に努力するとして、上記のような地頭の良い人は、本当にもったいないと思うのだ。

Aちゃん本人も言っていたが、結局学歴差別の蔓延る現代日本で、表層しか見ない多くの人間は、元々地頭がよくちゃんと勉強すれば絶対にいい大学に行けたであろうAちゃんよりも、元々人並み以上に地頭が悪かったのに物凄いお金と時間と努力を犠牲にやっとこさ四大に入った私のほうを高く評価するのだろう。

もしもいま突然ふたりに同じ仕事を任されたとしたら、全然自慢できないが私はAちゃんに負ける自信がある。

もしくは私がAちゃんの倍努力してやっと同じくらいのレベルになるくらいだと思う。

それでも世間は大卒のほうを評価しがちで、下手したら高卒には同じ仕事を任せてくれるまでもいかないんだろう。伸び代はAちゃんのほうがありそうだと言うのに。

Aちゃんのような人こそ大学に行って良い仕事についてバリバリ働くべきなのに。

 

もう一人、疲れているだろうに一時過ぎに合流してくれたTくんも、専門学校から社会人になったクチだ。

Tくんは料理の専門学校に行ってから今は某店でシェフになるべく修行をしているそうだ。

話を聞けば朝から終電まで休憩もほとんど取れない激務で、それでもいつか家族と一緒に店を持つ夢があるから、料理がほんとうに好きだから頑張れるらしい。

(あっこれ口止めされたのにどうしても書きたくて書いちゃったごめんねTくん!もしTくんのご家族と知り合いの人いたら絶対に絶対に言わないでくださいね!)

純粋にかっこよすぎて軽く引いた。

家族といっしょにとかそんなドラマみたいな話があってたまるかよ!!ラストレシピかよー!!!(ちなみにラストレシピめっちゃ良かったからみんな見てね)

私には夢も目標もないし、不器用だから日々を生きるので精一杯で、そんな何年も先のこととかそのために何が自分に必要かまで考えられない。

さらにはAちゃんもTくんも実家の土地運用をどうするかなど話し始めて、そりゃ私には運用する土地がないから知識がないだけかもしれないが、私よりよっぽど知識もあるし、同い年なのによっぽどしっかりしているし、終始感銘を受けながら聞いていた。

 

もちろんそんな恵まれまくった家庭事情の人のほうが少ないのかもしれない。

でも私は、今と大して変わらないアホ面でへらへらサッカーばかりしていた小学3年生のTくんからは想像できないなぁ……当時は私のほうがテストの点が良くて(そりゃ親に勉強させられてたんだから当たり前だ)バカにしたりしてたのになぁ……立派になったんだなぁ……と思ってしみじみしてしまったのである。

 

一番嬉しかったのは、二人の境遇をいいなーいいなー言い続けた私に、ふたりが

「(もしその話が卑屈とか盛ってるとかではなく本当だとしたら、)その初期値からよく頑張ってそんな大学まで入って、その努力だけで充分偉かったよ」

と言ってくれたことだった。

大して考えもせず適当に言ったのかもしれないが、この言葉で私はだいぶ救われたというか認められたような気がした。

 

それからもう一つ、私には徹底して好きなことも、熱中できることも、料理人とか資産運用とかそんな夢もないから、武器はこの学歴(といったって上には上がいるが…)と、生まれた瞬間の全ての初期値からここまでの大成長の努力だけだから、

この調子で努力しつづけて、自分とあと一人二人養えるくらいまでになりたい!強い女になる!!(結局そこにいきつく笑)というのを目標にすることにした。

 

目指せスーマラ田中の嫁!!!

サービスに対価をもらうこと

前回の「サービスに対価を払うこと」はこちら→→http://hidexxx1213.hatenablog.com/entry/2017/07/04/115150←←

さて今回は逆で、対価をもらうことについて。
払うこともそうなんだけど、このへんの話に関してよく考えてはいるけれど、それでも自分がきちんと実行できているとは思えなかったりするので難しいところである。
けどもまあ、そういうことちゃんとできる大人になりたいなっていう希望や理想みたいなものも込めつつダラダラ書いてみようと思います。

バイトをしていると、暇だなぁこんなんで時給もらってて申し訳ないなぁ、とか、自分の能力が足りなくてこれでこの時給は高いなぁ申し訳ないからちょっと返したいわ…、とか思うことがよくある。
バイトでも仕事でも作品を売るとかパフォーマンスをするとかそういうことでも、対価をもらってるって忘れがちだけど、そこは常にちゃんと意識しなきゃいけない。
対価もらってるのに今日はこれしかできなかったな、って思ったら、次回は倍頑張らなくちゃ割りが合わない。


私はまだ学生だし仕事といってもバイトの立場だけれど、これが一番わかりやすくて一番実感できるのがライブの時である。

たとえばこれは自分がライブにいく側になったときに思うことだけれども、今日は18時から目当てのバンドを見にいくぞってなったら、16時からメイクや着替えを始めて、17時には家を出て、スイカチャージして電車に乗って、少し前に箱に着いて、2000円だか3000円だかを払って、それでライブ30分見て、また電車で帰って着替えてメイク落として……って、本チャンのライブ30分に対して、見にいく側もそれ以外の労力がめちゃくちゃかかっている。
この労力費やしてこれくらいのライブか…って思う時もあれば、この値段でこのライブは安いよ!良いもの見せてもらった!!!って思う時もある。
(余談だけどこれを一番思ったのは1月のガンズ来日であった。あのメンバーをたまアリで見られただけで私は3万円までは払えるわ…と思った)

そう考えてから自分がライブをする側、見に来てもらう側になると、多少なりとも意識が変わってくる。
自分が今日出るライブは極端に言えば、(チケット代+前後の労力や交通費)×観客動員数、これと同等の価値があるものにしなければならない!と思うわけである。

「価値」と書いたけれど、もちろんそれはこちらでは測れない。見てくださった方が決めることである。
曲や作品の完成度、パフォーマンス、その人の人柄、その人と自分との仲の良さ具合(?)、などなど、どこに重点を置くか、どこに価値を感じるかはお客さんそれぞれの問題である。
めっちゃ美人だけど演奏が下手だから自分はこのライブには行きたくない、とか、技術はないけど可愛いし応援したいからお金払って見にいってあげたい、とか、そこは自由である。
しかしどちらにせよどんな形であれ、提供する側はそれを価値を感じてもらえるものにしなければいけない。
私は一年前、自分は人より可愛くもないし、演奏も上手くないから、とりあえずツイッターくらいは頑張ろ!と思っていた。
それが価値を感じてもらえているかはわからないけど、常に意識はするようにしなきゃなぁとは思っていた。
偉そうといえば偉そうなんだが、それをわかってやっている/努力している人は、少なくはないと思うけれど、多いとも思えない。
そりゃ売れるわけがない。


逆に、対価以上のサービスをしてもいけない。
というのはだな例えば、仕事でカメラとか映像編集している人に、
「普段やってるんだから私の結婚式のビデオもちゃちゃっと作ってよー友達でしょー」
とか言う人がいるんだそうだ、信じられないことに。
逆に、
「友達だしタダでやってあげるよ〜」
と言うプロもたまに見る。いくらそれが生計の主たる糧でなくても、普段はお金をもらってやってるんならそれはプロである。
友達割引くらいはいいけどね、親しき仲にも礼儀あり、ご飯おごるでもなんでもいいけど、ちゃんとなにか対価はもらわなきゃダメなんである。

友達から金取るのかよ!ではない。
プロにただでやらせんのかよ!!である。

本当にいろんな人がこの危うさについて語っているのに、なぜなかなか浸透しないんだろうな。
ひとりが一度タダで引き受けたせいで、
「あっこの仕事そんなに大変じゃないんだー、じゃ他の人もタダで/安くやってくれるだろう!」
と勘違いする馬鹿が出るかもしれない。
そうなると別のプロが正当な請求をしたときに、
「えっあの人はタダでやってくれたのに!」
などと言い出し揉める、もしくは値下げせざるを得ないプロが出てくるかもしれない。そうなったら負のスパイラルである。
そんなこと言うアホいるの、と思ったそこのあなた、大変正しい感覚です。いるんですよほんとに。信じられないかもしれんけど。

これはツイッターで見た話だが、こういうところの感覚は夜職経験者(=お金/対価に対してシビアだから?)のほうがしっかりしているらしい。というか夜昼関係なく、なんでそんなにルーズになれんの?と私は思ってしまう。
あーいう人たちは自分が無給労働させられても怒らないんだろうか。明らかに不当なサービス残業でもさせられないとわかんないんだろうか。謎すぎるぞ。
(とかいうと一定世代の中には、やれゆとりだそれさとりだ俺の頃はサービス残業なんて当たり前云々と言い出す方々が時々いらっしゃるが、いやそれ誇ることじゃなくないすかそっちのが異常だからあと時代違うから周りよく見て今後ゆとりが自分は受け取れない年金を払うんだからな)

うーん長くなってしまった。
とりあえず社会を垣間見てるゆとり大学生が思うことはこんなもんです。社会人になったらまた感覚が変わるのかなぁ。
よい社会人になれますよーに!

つよいとかよわいとかいうこと

大切なものが増えると人は弱くなるなぁと思う。


見た目とか名声とか立場とかバンドとか学歴とかなんでもいいんだけど、それを守ろうとすると何かを犠牲にしなきゃいけなくなるというか、何かを捨てなきゃいけないというか、

例えば本当に言いたいことが言えなくなったり、他のことにお金や時間を使えなくなったりするわけで。

それが増えるとそりゃあもうがんじがらめである。

あっちこっち気遣ってさ、自分のほんとに好きなこととかやりたいこととか言いたいこととか表に出せなくなって、いつか全部よくわかんなくなってさー。こわいこわい。


かといって、守るものがない=強い、ではないのだよなぁ。

つよいってなんなんだろなぁってずーっと考えてきてるけど未だによくわかんない。

とりあえず暫定的に思ってるのは、

自分にとって大事なものを守りながら、それでも自分らしさを忘れないこと、

それがつよいってことなのかな、と今のところは思っている。



バンドをひとつ脱退してから2週間、知り合いの子のバンドを見にいった。

JACKASSっていって、私は忙しかったのもあってそんなに熱心なファンでもなく、数回しか見にいけてなかったんだけど、ちゃんと覚えてくれてて喋るとほんとにいい人たちで(実際は1〜2個下なんだけど笑)、4ピースなのにめちゃくちゃ華やかな音圧で賑やかでパワフルなライブをするバンドで、音楽をやる身としても、一ファンとしてもとっても尊敬してて好きなバンドなんだけど、まあそこはちょっと置いといて。

ベースの子がその日脱退だったので、久しぶりに見にいったのね。


最後まで笑顔で賑やかで楽しそうに弾ききって、私の脱退のときの状況とはそりゃあ違うかもしれないけれど、彼らもその周りの人たちもたくさん考えて葛藤してその末にこの瞬間を迎えたのかなって思ったら無事涙腺崩壊、自分の脱退の時はなかった涙が止まらなくなりました(比喩表現)

女って感情が自分でもよくわからんままとりあえず泣くって言うけどそのとーり、ほんとなんで泣いたんだろね。


バンドじゃなくても、なんでもそうだよね。

全部大事なものなのに優先順位をつけるって難しいしつらいけど、やっぱりそれを全部抱えたまま何にもわからなくなっちゃってぐちゃぐちゃになるよりはマシ、というかそうしないと生き抜けない時もきっとあるんだな。つらいんだけどね。

それは世間のジャッジとは関係なくって、自分の中での勝負だし人が云々言う問題じゃないし、真偽はもしかしたら本人にもわからんかもしれないけれど。後悔したって自己責任だし。

でも、そこで自分の中の優先順位なんかを自分で見極めてジャッジできるってのはひとつ、つよいってことなんじゃないかなぁ。


当たり前に見えて難しいことですよね。



なんてもうすぐ22の私は若気の至りで考えてますけれども。

10年後とかにこれ読んだら、「ケッそんなごちゃごちゃしたもん存在しねぇんだよっただ生きるだけだよっ!」とか思うかもしれないんですけれども。

そこまで成長できたらなぁ!今後に期待。


ちゃんちゃん。

教育と規制

重大犯罪者(性犯罪に限らない)って、性教育に厳格で真面目な母親に育てられた例が意外に多いらしい。

どこかで読んだだけでソースがしっかりしてないんだが、思春期に当たり前レベルの性的なモノ(表現は曖昧で許してくれ)に触れていないと、その後性格が歪むだかなんだか、という内容だったように思う。


まあこれはだいぶ極端な例ではあるが。



私は中高6年間、女子校にいた。

異様だった。

今思うと本当にヤバい空間だった。

すんげぇ多額の学費を払ってくださった親などにはもちろん感謝しているが、行きたくなかったとか私が友達が少なかったとか馴染めなかったとかそういう問題じゃなく(真偽は置いておこう)、普通にあの空間は異様すぎる、なんかおかしい。


これは全女子校というかうちの高校だけかもしれないが、同級生の噂などを聞くと、大学1.2年のころは見事に二極化していた。

ビ◯チか、異性まともに話せない/恋愛できない拗らせた子か。

(ストレートだと)大学4年生の代である今となっては、どちらの層の人たちもマシにはなったと思うが、ほんとに極端な卒業生たちである。

前者は、それまで上げてこなかった経験値を、短期間で「普通の人」と同じかそれ以上のレベルに上げようとする(基本不器用なのでその結果だいたい基準値を超えてしまう)。

後者は、単純に女子校時代と同じ経験値のまま生きていこうとするタイプである。

まあどちらがいいとか悪いとかではない(本当に一番いいのは中庸だ!!)

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(※図は主観でのイメージです)


でも仕方ないじゃん!

だって思春期に女しかいない環境だったんだよ!?

学外に男友達がいたとしても、日中の大半を過ごす場所に女しかいないんだぜ!!

そりゃまー共学出身者とは違う人種にならざるを得ないよね。


そしてこれはまあ大学デビュー勢である私にも問題があるんだが、平日は制服しか着ず、休みの日は家で勉強もしくは引きこもり、たまに友達と出かけるとしても気心知れた女だしいいやってなって適当な私服しか持っていなかった人間が、大学に入って突然適切な服やメイクを身につけられるだろうか!?


はいもちろんNOですね。


高校の頃はケータイも持たせてもらえずお小遣いもろくに貰えず染髪ピアスなど以ての外、なんなら読む本まで某国並みの言論統制が敷かれていた環境で生きてきた私が、突然バイトを始めて(それまでと比べると)多額のお金を手にしたらそりゃー今までできなかったことや欲しかったものを埋めるべく、退行現象(?)が起こるに決まっているではないか!!

というわけで、普通なら中高時代に卒業しているであろう安っぽい厨二病的な服やあまり食べさせてもらえなかった駄菓子や今までと全く違う交友関係に狂ったようにハマり(しかし今写真を見るとやっぱりメイクとか芋っぽい)、去年や今年になってやっとそのへんを卒業して普通のオトナに近づけるよう努力しつつはあるけど、やっぱりスタートダッシュが遅かったぶん成長スピードは遅いのである。


うーむ。

とりあえず私は大学生のうちにかろうじて経験値爆上げに成功してよかったな……

これに関してとやかく言われる筋合いはないぞ。


人のせいにするわけではないが、もしも私に子供が産まれた暁には、ヤンキーにならない程度に年相応のモノを与え、せめて年相応の経験をさせてあげたいと切実に思ヒマス。

カラオケが嫌いな話。

まったく、カラオケボックスってなにが楽しいのかわからない。

 

まず、私はめちゃくちゃ歌が下手である。正しい音が出せない。そのくせ耳だけは肥えていて、絶対音感があるもんだから、自分が歌っているのを聴きながら、あー音が違う〜…などとイライラヤキモキするわけである。

フルートを昔やっていたおかげで腹式呼吸は出来るはずだし、正しい音もわかるってことはあとは技術の問題で、思った音がきちんと出せるように練習すればいいだけの話なんだけど、練習してまでうまくなりたいほど楽しくもないし、そんな必要性もない。

そんなわけで自分が歌うのは大嫌いである。

ゆえに、ほかの人は歌っていて楽しいのかなぁ…?と、そこも理解できない。

 

次に、全く知らない歌を聞いてなきゃいけない意味もわからない。

そりゃあたまには自ら聞かないジャンルの音楽に触れる機会にはなるが、べつにカラオケ代を払ってまで聞くほどでもない。それも素人だ。なまじ耳が肥えているので、不快なものにカラオケ代を払うのかぁ…と萎える。でもカラオケうまい人もいるじゃないか、と思われるかもしれないが、もちろんそれはそれで見ていて楽しいは楽しい。ただどんなにうまくても、エグザイルや西野カナを歌われちゃたまらない。万札置いて速攻帰る(盛った)。つまり、私もカラオケ代出してもいいって思えるほどうまい人もしくは好きな人が、Xやガンズやミスチル、きのこ帝国やセリーヌディオンやサンホラなどを歌ってくれるのであればそりゃあ私だって何時間でもいる。

しかし現実にはそうもいかない。

流行りの薄っぺらい歌やいわゆるモテ曲?(ありきたりな言葉を並べたぜんぜん響かない物)、最悪聞いたこともないような演歌などを延々聞かされ、曲が終われば拍手をし前曲と被らないような感想を述べなければならず、トイレやドリンクバーに立つタイミングも計りに計り、いやだと言うのにお前も歌え歌えと強要されたり(歌っても断っても微妙な空気になるし)、挙げ句の果てにはワリカンで私までカラオケ代を払わせられる。まったく、時給もらいたいくらいだと言うのに。

 

そんなわけで、プライベートではカラオケに行かないようにしている。行くとしても、気遣い無用でお互いのクオリティに口出ししないでいいとか、趣味ががっちり合うとか、とにかく心を許した人間でないと本来は行きたくないわけである。もしくは全額出してくれるか、ね。そうじゃないカラオケの誘いはことごとく断る。それで関係が悪くなるような奴はきっと仲良くなれないからもう良い。たぶんそういう奴は自分が歌ってる番でトイレに行ったらあとからネチネチ言い、歌いたくない奴に一曲強制するような人間なのである(独断と偏見)。

 

んな事言ったってたまには断れない「お付き合いカラオケ」もあるでしょう!特に来年から社会人なら!と思われた方もいるだろう。

甘いな!!

カラオケ嫌いの私はこれまでに断れなかったカラオケ回で積み上げたノウハウがあるのだ!!

行くと決定してからの言い訳等振る舞い方、ボックス内での座り位置、盛り上げ係/雑用係と周りに認識させるための盛り上げ方/行動、席の立ち方(場のノリ別)、一曲歌えと言われた時の断り方(場のノリ別)、断りきれなかった時の選曲(場のノリ別)、歌ったあとの空気の処理、などなど!

 

ただしこれは、こんな努力と苦労と気疲れに見合うだけの見返り(もしくはリスク回避)がある時にしかやりたくないので、大方は断ります。能天気にカラオケを楽しめる人になりたかったなぁ。トホホ。